お知らせ

産業医学の専門性

「こうちさんぽメールマガジン」2010.7月号より

高知大学教育研究部医療学系教授

産業医学担当相談員 菅沼成文

産業医学を専門にする大学の教員としては、何が産業医学の専門性かということはかなり重大な問題です。他の科の先生がこれは産業医学の専門医に紹介したほうがいいな、というのはどういう問題かということです。また、職場での産業保健活動を頼む側から考えると、どのような医師が職場の産業医としては望ましいかということにも関わってくるでしょう。

産業医の資格要件としては、厚生労働省が認める産業医学基本講座の修了者、日本医師会認定産業医、労働衛生コンサルタント資格を持つ医師、大学の産業医学担当講座の常勤講師以上の経験のある者が挙げられていますが、これは最低ラインの要件ということで、産業医の選任には支障ないでしょう。しかし、この中で資格試験を行なうのは労働衛生コンサルタントのみです。本来、専門医制度というのは学会に所属する医師が一定の修練を経て認定されるもので、日本産業衛生学会産業衛生専門医というものがあり、かなり厳しい試験が課せられていますが、実情では産業医選任のための要件にも含まれていません。このように産業医としての資格要件を満たしているというだけでは、産業医としての専門性を発揮できる人かどうかはわからないのです。

我が国では産業医学科は標榜科としては認められていませんが、独自に産業医学科や職業病外来などのクリニックを開設している病院や診療所が存在します。高知県にもじん肺や振動病の患者の健康管理を熱心に行っている医療機関が存在します。このような外来部門を持っていると他科の医師としては、紹介先として認識しやすいと思われます。

このような外来で対応できるのは、じん肺、振動病、騒音性難聴、化学物質による健康障害、頚肩腕症候群、職業性腰痛、などの職業病・作業関連疾患ですが、それぞれの疾患については重症度によっては当然、他の専門医への紹介が必要となるものも含まれます。化学物質過敏症などの現在、十分には解明されていない病態についても、患者の蓄積がなされていくことで、標準的な治療・健康管理がなされるようになるでしょう。

さて、このような産業医学に関わる疾患というのは、じん肺、振動病、騒音性難聴、化学物質中毒のように特徴的な病態を示すものもありますが、作業関連疾患などは私傷病と症状、病態だけでは区別がつかないものもあります。これは産業医学が社会医学に含まれる所以であり、同じ病態が見方によっては作業起因性があるということになり、普通の医師にとっては理解しにくい点になります。我が国のように国民皆保険制度が敷かれているところでは、敢えて労災保険を使わなくても治療可能ですが、米国のように健康保険でカバーされていない人が多い国では、労災保険による治療が非常にたくさんあり、産業医学外来も結構はやっています。我が国で健康保険の自己負担が増えた場合には、労災保険を活用して治療というのが標準的になってくるかもしれません。

先日、米国のウェストバージニア大学の産業医学科の医師と話をしたところ、産業医学科の外来を訪れる患者の多くが慢性疼痛を主訴にしている患者だと教えてくれました。英国には慢性疼痛の管理を主に行う内科的整形外科医が多いのだけれど、米国にはそのような専門家はいないので、産業医が慢性疼痛管理を行っているのだと言っていました。そのほかは、就業時の健診、復職時の外部医師による評価、通常の定期検診を行っているとのこと。なお、メンタルヘルスについては、重要な問題ではあるけれど、ここの産業医学科では対応しないことにしていると話していました。したがって、復職時の判定は主に身体的な傷病によるものについてのみだそうです。少し、うらやましい気もするとともに、日本ではニーズに合わないなと思いました。

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