個人情報保護と労働衛生管理
産業保健情報誌「よさこい」2005.5月号より
国際情報・労働衛生研究振興センター 上席研究員 甲田 茂樹
本年4月より施行される個人情報保護法をうけて、事業所で取り扱う労働者の健康情報はセンシティブデータ(特別に機敏なデータ)として慎重に取り扱うことが要求されるようになりました。実際の労働衛生管理の現場で健康情報を保護する体制をどのように構築していくのか、厚生労働省の行政文書などを参考に考えてみましょう。
健康情報の利用目的の特定と労働者の同意の取得
まず、事業者は労働者の健康情報をどのように利用するのか、合理的かつ具体的な利用目的を特定しなければなりません。そして、この健康情報の利用目的を労働者に通知した上で、健康情報の取り扱いに関する承諾の意志(同意)を労働者から得ることが望ましいとされています。
保護されるべき健康情報とは何か
保護されるべき健康情報には、職場で実施される一般健康診断や特殊健康診断、THPによる健康測定だけでなく、脳血管及び心臓疾患の予防対策のために導入された二次健康診断や健康保険組合による成人病検診や人間ドックも対象となります。そして、これらの健康診断などの結果、医師や保健師が実施する保健指導や事業者が実施する事後措置などが具体的な健康情報と該当します。
この他、日常的な労働衛生管理の場面で得られる労働者の健康情報、すなわち、健康相談などで産業医が知り得た健康情報、欠勤や休業などの際に医療機関より提出された診断書、受領記録や傷病診断名の記載されている療養の記録、労働者より任意に提出された病歴・健康診断結果なども保護すべき健康情報に含まれるとされています。
労働者の健康情報を誰が取り扱うか
前述した健康情報は産業医や衛生管理者だけでなく、人事管理部門のスタッフが接する可能性があります。そこで、「産業医、保健師等、衛生管理者その他の労働者の健康管理に関する業務に従事する者」を産業保健従事者と定義して、これらの健康情報を取り扱う者を限定し、その業務権限や守秘義務規定を事業所内で設ける必要があります。
事業所全体の個人情報保護の観点から、事業所の労働衛生管理において責任のある役職の者を「個人データ管理責任者」として選任することも要求されています。また、産業保健業務従事者には定期的な教育や研修を行うことで、個人情報保護の趣旨を理解し、様々なケースやトラブルへの対応を身につけることも重要となってきます。
労働者の健康情報取扱いにあってのいくつかの留意事項
第三者からの健康情報の提供にあたって
事業所が労働者の健康情報を医療機関や健康保険組合などの第三者から提供を受けようとする場合、医療機関や健康保険組合などは健康情報を取得する目的をあらかじめ労働者に承諾を得た後に、労働者本人から健康情報を事業所に提出することが望ましいとされています。
健康情報の安全管理するための留意事項
健康診断の結果のうち、診断名や検査値などの生データを取り扱う場合、健康情報の利用目的に沿って、産業保健業務従事者の中でも医学的知識を有する産業医や産業看護職が直接加工してから取り扱うことが望ましいとされています。例えば、事業所の安全衛生委員会で労働者の健康状態を確認するために健康診断結果や診断書などのコピーが資料として出されることは好ましい状態とはいえません。また、労働者が生命保険に加入する際には、事業所で実施した健康診断結果をそのままコピーして提出するのではなく、産業医や産業看護職が労働者の健康情報を加工して本人同意の上で生命保険会社に提出することが望ましいでしょう。
苦情処理窓口の設置
労働者から健康情報取り扱いに当たっての苦情や相談の窓口を事業所に設置すべきです。そして、寄せられた苦情や相談は、必要に応じて産業保健業務従事者と連携して、その解決を図れる体制を整えるべきです。
労働者の健康診断などを外部に委託する場合の留意事項
多くの事業所では労働者の健康診断を外部の医療機関や検診機関に委託しています。この場合にも、事業所は健康情報の保護や安全管理に配慮し、一定の選定基準を設けて、委託する医療機関や検診機関を選定する必要があります。具体的には、委託する外部機関と文書によって、労働者の健康情報の保護のための措置をかわすことが望ましいとされています。その契約内容には、1.委託先の外部機関で健康情報を取り扱う従事者への守秘義務規定、2.委託契約期間、3.健康情報の利用目的を達成した後の委託先における健康情報の破棄や削除、事業者への返却が確実に行われること、4.健康情報の加工、改ざんの禁止や制限、5.健康情報の複写や複製の禁止(安全管理上のバックアップを除く)、6.事故発生時における事業所への報告義務と責任の明確化、が盛り込まれるべきでしょう。
現在、事業所では、メンタルヘルスや過重労働などの保護すべき健康情報を慎重に取り扱わなければいけない場面が増えてきています。そのためにも、労働者の健康情報保護の趣旨を理解した上で、現場の労働衛生管理を行うことが重要となってきています。
以上