お知らせ

過重労働に関する産業保健活動の課題について

産業保健情報誌「よさこい」2007.1月号より

出席者

中村 裕之(高知大学医学部環境医学教室教授)
白尾 香(高知労働局労働基準部部長)
大原 啓志(高知産業保健推進センター所長)

今年4月に施行された改正労働安全衛生法では、増加傾向にある過労死を防止することなどを目的に、一定時間以上の時間外労働を行い疲労が蓄積していると認められる労働者に対し、医師による面接指導を実施することが義務付けられました。そこで、高知労働局労働基準部の白尾部長、高知労働局労働衛生指導医の中村先生、高知産業保健推進センターの大原所長が、過重労働に関する産業保健活動の課題について、鼎談を行いました。今後の産業保健活動のあり方などについて、多くの指摘や提言をいただきました。

増えている長時間労働者

労働時間の推移

中村

:本日は、過重労働について話い合いをしたいと思います。それでは、最初に、労働時間のことについて、話題にしたいと思います。県内の企業では、長時間労働をしている労働者は、多いのでしょうか。

白尾

:政府全体として、年労働時間1,800時間をめざして、時短に取り組み、平均すれば、その目標がほぼ達成されましたが、正社員の中には、長時間労働をしている労働者も増えています。

中村

:どのような人が、長時間労働をしているのでしょうか。

白尾

:政府統計の労働力調査によれば、平成16年に30歳代の男性で、週60時間以上働いている者は、約225万人で、平成5年の時には、約153万人であったので、かなり増加しています。

事業者の労働時間の把握

中村

:たとえば、プロ野球選手のように、労働時間を自分で管理しているような人もいますね。会社が、労働時間を正しく把握しているのでしょうか。

白尾

:労働時間が会社に把握されている者と、把握されていない者がいると思います。労働時間が適正に管理されていることを前提として、いくつか事業主がやるべきことが決められているので、過重労働対策という面では、後者に関しては、非常に問題があります。

大原

:正社員で、特に中間管理職のような立場の人は、サービス残業という実態が皆無でないと思いますから、長時間労働をしている人は多いと思います。人員を削減したけれども、残った社員の労働時間が増えて困っているという相談も受けています。

白尾

:労働時間の配分などについて、使用者から具体的に指示を受けずに、労働者が決めるという裁量労働制が適用される場合もあります。その場合でも、健康確保のために、使用者は、労働者がどれくらい働いたかについて、すなわち、労働時間を、適正に管理・把握することが必要です。

産業医等による面接指導の導入

産業医の実施体制

白尾

:過重労働対策の目玉として、労働安全衛生法の改正により、医師による面接指導制度が導入されました。本年4月から、産業医の選任義務がある事業場、すなわち、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、この制度が適用されています。産業医となり得る医師は、県内にどのくらいいるのでしょうか。

中村

:医師の数は、県内で2,000人弱程度ではないかと思いますが、一線から引いている方もおり、正確に把握することは難しい。

大原

:認定産業医は230人あまりと聞いています。認定産業医は、5年に1回、認定を更新(20単位以上修了)する必要があり、当センターの産業医のための研修も更新要件としての認定を受けています。

新たに認定産業医になるためには、所定のカリキュラムに基づく産業医学基礎研修50単位以上を修了する必要などがあります。現在、県内ではこの講習等が行われていません。産業医科大での集中講義(1週間)を受けるなどの方法がありますが、時間のとれない医師にとっては大変なので、現状では大きくは増えることは考えにくいと思います。

中村

:産業医以外の医師が健診を行っている事業場も多いが、健診時にその医師が面接指導を行うこととしてはどうでしょうか。

白尾

:医師による面接指導は、1箇月間の労働時間が長時間かどうかが問題なので、健診の医師が行うことは現実的な対応でないと思います。

該当者全員を申出者とする対応

白尾

:労働者の申出によって面接指導を行うこととなっています。事業者が、一定以上の時間外労働を行った者全員から申出があったとみなして、それらの者の面接指導の日時を衛生管理者が設定し、面接指導を受けるか受けないかについては労働者に任せるという方法も考えられますが、いかがでしょうか。

大原

:事業者として、全員を面接指導の対象とするということは、積極的な姿勢を示すものでよいのではないでしょうか。申出に基づいて、面接指導を行うことになっていますが、申出がないということが抜け道となって、面接指導のための体制さえ整備しないということでは困ります。

白尾

:労働者に対して面接指導について周知しておらず、例えば、申出を促すメールを全従業員に発信するといった事実がないなど、面接指導の体制が整備されていなければ、その改善のための指示を行うこととなります。

職場巡視と組合せの実施計画

白尾

:労働安全衛生法では、産業医は少なくとも毎月1回職場を巡視することになっていますが、それとあわせて計画的に、面接指導を行うようにするのが良いと思います。

大原

:毎月対象者がいるかは別として、そのような計画が明示されるのは良いと思います。ただ、本県では、職場巡視を毎月定期的に実施している事業場は2割程度という調査結果もあります。その意味で、現実的でない場合も考えられます。

面接手法の研修

中村

:実施に向けての取組についてはどうですか。

白尾

:過重労働対策における医師の面接指導については、昨年度から研修が行われており、今年も12月に本県での実施が予定されています。

大原

:その中に、「面接指導の手法」も含まれていますね。当センターでも、産業医に対するこれからの研修の中で、テーマとして取り上げております。

面接指導の実際

面接医師からのコメント

白尾

:面接指導の実際について、実施しておられる医師からは、どのような意見が出ているのでしょうか。

大原

:面接指導は、チェックリストに沿って行えば詳細な記録が作られるようになっていますが、マニュアルがかなり細かく記述されていてなれないと大変という声を本県でも聞きました。

経験のある医師のコメントをみると、申出は元気なものが大半で、特にメンタルヘルス系の問題を持つ者が申し出ていないのではないか、また、労働時間については、退社時間を確実に聞くべきという指摘もあります。専属産業医へのインタビュー記事では、信頼関係がある場合ですが、上司とも面談し、職場単位で改善計画を作成することがあるという例も見ました。

労働時間に関する情報の入手

白尾

:面接指導において、産業医は、会社から、労働時間などの情報が得られなければ、面接指導はできないと思いますが、どのような方法で情報を得ているのでしょうか。

中村

:私が以前、産業医をしていた会社では、人事担当の部署にいる衛生管理者から情報を得ていました。

白尾

:衛生スタッフが人事担当部署に所属している例が多いでしょうか。

大原

:規模にもよるのではないでしょうか。小規模の事業場では、人事担当と衛生管理者が兼務の場合も多いと思います。高知県ではそのような例が多いと思われます。

白尾

:面接を行う産業医は、どのような形で情報をもらうのでしょうか。

中村

:私が産業医をしていた時には、1年間のシフト表なども含め、関係資料一式をもらっていました。ケースによっていろいろあると思いますが、大量の資料を見るのは大変かもしれません。

長時間労働とメンタルヘルス不調対策

中村

:精神科医療においては、医療関係者に、精神保健福祉法などにより特別な守秘義務が課せられています。面接指導のうち、メンタルヘルス対策では、そのことが問題になると思います。

大原

:メンタルヘルスに関しては、相談者は表に出ることを避ける傾向にあるため、労働者から面接指導の申出はほとんどないと聞いています。

中村

:長期欠勤など、相当状態が悪くなって初めて分かる場合が多い。

大原

:自分でメンタルヘルスケアのルートに乗っていくのは難しいので、周囲の同僚や上司が気づいてルートに乗せることが必要です。会社がそのような雰囲気になっているか、上司が気を使っているかが、重要です。

白尾

:これからは、一定時間以上の時間外労働を行った者は、原則、メンタルヘルスも含めた面接指導を受けることができる仕組みになっていくと思います。

中村

:うつなどの精神疾患の場合に、免許資格を取り消すということはないとしても、職種によっては、社内規定などにより仕事ができなくなる場合があるので、労働者も表に出ることを避ける傾向にあります。柔軟性を持たせた対応ができるようにすることが求められるのではないかと思います。

また、産業医から事業者への意見の言い方も難しい。うつの人は、まじめなので、ますます長時間労働をしようとする傾向にあります。産業医から事業者に対して、休業させなさいという意見を述べたとして、ただ単に休業させると、かえって自殺につながることもあります。

面接後のフォロー

大原

:ところで、面接指導後の医師・産業保健スタッフによるフォローについては、面接指導マニュアルに沿って、労働者や管理者への定期的な面接、職場巡視時の労働状況の観察、現場管理者との面談等を行うことが重要です。

同時に、事業者は面接した医師の意見を聞き、必要と認める場合は適切な事後措置を行わなければなりません。その点では、その事後措置のための体制がどの程度事業場で整えられているか。定期健診や特殊健診の実施後の措置が適切に行われている場合は、その体制があるといえると思いますが、医師の面接指導からもポイントの一つになると思います。

健診の事後措置でさえ、どの程度各企業に定着しているか、分かりません。まず、過重労働対策の手始めに、健診の事後措置から対策を進めていくという方法もあるのではないかと思います。

中村

:生活習慣病対策と考えたら、受け入れられやすいのではないでしょうか。

面接指導のあり方

白尾

:医師による面接指導がどうあるべきだと思いますか。

大原

:会社で必要な優秀な人材が、長時間労働を行っている場合が多いので、そうした人材が、過重労働により健康障害を受けることは、会社にとっても損失となるということを、会社の管理者が認識することが重要であると思います。

中村

:産業医が健診に関わらない事業場が多く、問題だと感じています。これまで、産業医は、形式的に業務を行ってきたと思います。産業医が健診すれば、労働者全員に話ができるので、いいと思います。健診項目がいろいろあり、小さな病院では、全部の項目について実施できないこともあると思いますが、最後の診察だけでも、産業医が行うようにしてはどうかと提案したいと思います。

以上

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