保護具着用指導の難しさ
労働衛生工学担当特別相談員 田内 孝也
(田内労働安全コンサルタント事務所 所長)
私事で恐縮ですが、つい先日東京に出張業務がございまして、その移動手段としては迷うことなく飛行機を選択致しました。移動時間は早いし、空の旅は快適だし、客室乗務員のサービスは、これまた最高でございまして、何も言うことはございません。
さて、離陸準備が整いまして、ゆっくりと滑走路へ動きはじめ、毎度の救命胴衣の使い方のセレモニーが始まろうとした瞬間、突然、ビデオがプッツン致しまして、本日は、客室乗務員自らによる救命胴衣の着用デモストレーションです。「待ってました。」久しぶりの実演が見られる。普段にも増して、真剣に客室乗務員の手偽の良い、且つ卒のない名演技に見入ってしまいました。
最近は、機内の数か所に設置されたモニター画面の中で、漫画キャラクターによる無機質な内容が主流であり、周りを見渡すと、顔の周りは両手で広げられた新聞で覆われ、どう考えても前は見えていない殿方や、うつむいて女性週刊誌に没頭するご婦人、はたまた、しっかりと目を閉じ体を休めるご年配など、注視どころか、前を見ている人を探すのが大変な状況の中、ただ空しく映像は流れ、知らぬ間に終了し、飛行機は離陸する。
これは、人は「もしも・・・」、に対して無関心であり、自分だけは関係ないと思っている証拠であります。
でも、今日はいつもと違う機内の雰囲気、注視者は私一人ではありません。お隣の紳士も、そのお隣のご年配もしっかりと客室乗務員、いや、救命胴衣という「保護具」に集中しているではありませんか。
仕事の中に存在する様々な危険性又は有害性、機械、設備の本質安全化を図り、作業方法を改善し、作業手順を見直し、そして、注意喚起の明示を行ったとしても、そこで働くのは人、人間でございます。人間が守らなければ確保できない安全対策がほとんどなのです。そして、その安全対策の「もしも・・の際の」最終兵器とも言えるものが「保護具」なのです。
私の属する建設産業では安全確保はもちろん、衛生管理上必要な保護具もたくさんございます。
代表的な保護帽(保安帽とも言う)、保護めがね、耳栓、マスク、安全帯、安全靴、手袋等、これだけを見ても、保護具は自分自身を守ってくれる最終の手段であることはご理解いただけることと思います。
しかし、作業場でのその着用率と言えば、近年非常に良くなってきたとは言え、まだまだ低いと言わざるを得ない状況にございます。
例えば、市街地のビル建設現場では、保護帽を被っていない職人さんをほとんど見かけなくなりましたが、木造家屋住宅の新築、改築工事現場では稀にノーヘル(保護帽を被っていない)の職人さんを見かけることがございます。
また、逆に被ってはいけない場面で、保護帽を着用されている方をお見かけすることがありますが、頭を守る保護帽にはそれぞれの使用状況に応じた規格がありますので、ご注意下さい。例えば、建設作業用の保護帽を被ってオートバイには乗らないで下さい。
オートバイに乗られる方は道路交通法等の規格で定める基準に合致した保護帽を着用されますことをお願い申し上げます。
また、手すり、囲い等の設置ができない足場等の高所(高さ2m以上)で作業をする時に使用いただく安全帯、これはいささか着用率が低うございます。使い方に慣れていないと動きにくいし、邪魔になる、ひどい場合は手すりにフックを掛けたことを忘れてしまい、そのまま移動した際、お腹に突然大きな衝撃を受けたりすることもございます。だからと言って、そんなことは、自分が、使わないことを正当化する為の単なる言い訳に過ぎず、確実に使用しなければ、自分が命を落としてしまうことになりかねません。
そして、残念なことに衛生管理上必要な保護具は、更に低い着用率でございます。死に直結した毒ガス等のマスク、酸欠の際の空気呼吸器は別として、粉じん作業に於ける、粉じん対策用のマスクの着用率は、近年改善はされつつありますが、まだまだ、タオルで顔を覆った解体職人、コンクリート二次製品を白煙のごとく舞い上がった粉じんの中で、果敢にコンクリートカッターを這わす職人さん等をお見かけすることがございます。大丈夫ですか、と声を掛けると、決まって、「ちょっとの間やき、」「慣れちゅうき」とかおっしゃいますが、そんなもんに慣れてもらっても困りますよね。使うこと、使い方に慣れてほしいものです。衛生管理上必要な保護具は使用しないことにより、ボディーブローのごとく、時間の経過とともにじわじわと効いてくるものが多いことを知っていただきたいものです。
話を元に戻しますが、飛行機の中の客室乗務員を注視する皆様も恐らく同じ思いではなかろうかと思いますが、救命胴衣の設置場所、着用の仕方、膨らみが足りない時の膨らませ方等々、客室乗務員の皆様が実際に着用し、つまり、態度で、行動で示してくれることによって、こんなに効果があるものなんです。テレビモニターが使用される以前は、こうやって説明してくれていた訳ですから、改めての再認識でございます。
事業者として、保護具の着用を指導する立場の指導方法が、何故この保護具が、この作業をする際に必要なのか、使用しなければ自分の体にどのような悪い影響があるのか等の真の必要性を充分に説明もせず、ただ、ビデオを流し、資料を配り、見ときなさい、読んどきなさい、がごとき一方的な、帳消し的指導で終わっているのではないだろうか。今回の客室乗務員の皆様のように、使う人の立場になって、「何故使わなければならないのか、」という「動機付け」を示し、単なる保護具の性能とか、数値とかを示すだけでは無く、誠意を持って、行動で示すことにより、保護具は更に職場に浸透して行くことでしょう。なんせ、保護具は人の為にあり、人が使うものですから。
そして、今、事業場に必要なのは、資料、マニュアルよりも、自らお手本を示せる衛生管理担当者ではないでしょうか。