作業環境管理のための工学的対策 その2
「こうちさんぽニュース」2010.7月号より
労働衛生工学担当相談員 中西 淳一
職場の衛生管理を進める際には、作業環境管理、作業管理および健康管理が重要となります。
これらのいわゆる三管理の内、作業環境管理の中で、有機溶剤や特定化学物質等を使用する有害業務に携わる作業者の有害物質に対するばく露を少なくするために、以下の8つの対策手法がよく用いられています。
- 有害化学物質の製造、使用の中止、有害性の少ない物質への転換
- 有害な生産工程、作業方法の改善による有害物質発散の防止
- 有害物質を取り扱う設備の密閉化と自動化
- 有害な生産工程の隔離と遠隔操作の採用
- 局所排気装置の設置
- プッシュプル型換気装置の設置
- 全体換気装置の設置
- 作業行動の改善による異常ばく露と不要な発散の防止
前回は、上記8つの対策手法の内、1から3についてご紹介しました。
今回は、4と5をご紹介します。
有害な生産工程の隔離と遠隔操作の採用
作業場の中に一カ所でも有害な生産工程が混在していると、その作業に直接携わっていない労働者にまで影響を及ぼすことが少なくありません。このような場合には、有害な生産工程を別の孤立した建屋内に移すことが望ましいのですが、それが出来ない場合、適当な間仕切りや壁等で区画して隔離します。その際、隔壁によって視野が妨げられて不都合な場合には、強化ガラスや合成樹脂板等の透明な材料を使用すればよいでしょう。また、一連の流れ作業の中の有害な生産工程を隔離する場合には、出来るだけ作業の流れを妨げないような配慮が必要となります。
ただし、例え有害な生産工程を隔離しても、その工程の有害性がなくなるわけでありませんから、このような場所の作業は出来るだけ外部から遠隔操作によって行い労働者を立ち入らせないようにします。作業のために立ち入る必要がある場合には、この区画内に徹底した防護施設を施し、関係者以外は立ち入らせぬ措置をとるとともに、この区画内の作業者には必要に応じて送気マスク、化学防護服等の保護具を使用させて個人暴露の軽減に努めることが必要です。
有害な生産工程の隔離事例を1件紹介します。
(改善前)ある化学工場で、数基の反応槽と、反応槽から出た生成物中の固形物を分離するフィルタープレスが、一つの広い作業室内に配置されており、室内の一部には反応槽への原料の送給や加熱、冷却、攪拌機の運転等の操作を行うための操作盤もありました。反応槽は密閉構造で原料の送給、生成物の取出しは配管と密閉型のコンベヤで行われており、この部分からは有害物質が発散する危険は高くありません。しかし、フィルタープレスのろ布を交換する時に有害物質が発散し、それによって作業室全体が汚染され、反応槽の操作を行う労働者まで障害を及ぼす危険がありました。
(改善後)そこで、これまで反応槽の間に数台ずつ設置されていたフィルタープレスを作業室の片側に集め、この部分を隔壁を設けて別室としました。さらに、フィルタープレスには1台ごとにブース型の囲い式フードを設けて局所排気を行うとともに全体換気を行って、フィルタープレス室で発散した有害物が反応槽室に侵入しないように改善しました。
なお、一般的には、有害な生産工程を隔離する場合がほとんどですが、逆に有害な生産工程が多数混在する中の限られた場所に労働者がいる場合には、労働者を隔離する場合もあります。例えば特化則第38条の9のコークス炉の押出し機や装炭車を操作する運転室の場合には、運転室を密閉構造にして隔離し、温湿度を調整したきれいな空気をダクトで吹き込んで室内をわずかに加圧し、運転者はこの室内から遠隔操作によって各種の操作を行うようにすれば、コークス炉から発散する有害ガスやコールタールの蒸気に暴露されなくてすみます。また、特定化学物質の第1類物質または第2類物質を製造または取り扱う事業場では、作業室以外の場所に休憩室を設けなければならない(特化則第37条)とされていますが、作業場と休憩室を別々の建屋に出来ない場合には、休憩室は窓を外気に向かって開放できる場所に設け、作業室との間仕切りや扉を密閉度の良い構造にして隔離し、さらに外気に面する壁に換気扇を取り付けてきれいな外気を導入し、休憩室内が作業場よりわずかに加圧になるようにして有害物質の侵入を防ぐようにします。
このように、有害な生産工程を隔離する場合に、局所排気や全体換気を併用する例が多いのですが、この場合隔離された有害工程から発散した有害物質が、有害でない側に侵入しないよう、特に室内気圧のバランスに注意する必要があります。
局所排気装置の設置
有害物質を取り扱う設備を完全に密閉することが出来ない場合には、発散した有害物質が作業者の呼吸域にまで拡散しない対策を講じる必要があり、この目的には局所排気が有効です。切削、研磨、溶接、塗装、洗浄、溶剤等の注入、秤量容器詰、化学分析、その他有害物質を発散する工程で、作業者の手作業を要するあらゆる工程に対し、局所排気は最も現実的な対策として広く行われています。
局所排気を定義付けると、「有害物の発散源である作業点に近いところに吸い込み口を設けて、局所的かつ定常的な吸引気流を作り、その気流に乗せて有害物質が拡散する前になるべく発散した時のままの高濃度の状態で吸い込み、作業者が汚染気流に暴露されないように搬送排出する排気方法であり、また、出来れば有害物質を除去してから排出すること」となります。
局所排気装置は、ファンを運転し、吸い込み気流を起こし、発散源を出来るだけ囲むようにするか、それが出来ない時は発散源に出来るだけ近づけて設けたフードに、発散源から発生した有機溶剤蒸気等の有害物質を全部吸い込ませ、その汚染空気をダクトで運搬し、空気清浄装置(排気処理装置)で空気中の有害物質を除去し、浄化した空気を大気中に放出する仕組みになっています。従って、局所排気装置が有効に稼働するか否かは、発散源から発生する有害物質が作業者の呼吸範囲に近づくことなくフードに全部吸い込まれるか否かにかかっており、装置設置上の基本的留意事項は次の6点に要約されます。
- 発散源の状態に適した型と大きさのフードであること
- 発散源からある速度で飛散する汚染物を、強制的にフードに吸引するために、発散源付近に与える最小吸い込み流量(制御風速)を満足する定常的な気流を作ること
- 作業者が、フードに吸引される汚染空気内に立ち入ったり、暴露されないような配置であること
- フード、ダクト等は過大な空気抵抗があったり、粉塵が途中で堆積しない、流体力学的に無理のない型であること
- フード、ダクト、空気清浄装置内で発生する気流の渦動、摩擦による空気抵抗に打ち勝つ風圧を持ち、かつ制御風速を得るのに必要な排風量を出し得るファンを使用すること
- 吸引した有害物質の性質、濃度等に見合った型式で、排気による公害を起こさぬ濃度まで有害物質を捕集できる空気清浄装置を使用すること
これらの原則的な対策手法は、そのうちの1つだけに依存するよりも、複数の対策手法を併用することがより有効です。また、はじめに記したものほど有害物質に対するばく露の根本を絶つ有効な対策方法でありますから、まず上位の対策手法を検討することが大切です。
次回は、上記8つの対策手法の内、6以降についてご紹介します。