食事を自分の頭で考える大切さ
「こうちさんぽメールマガジン」2007.9月号より
高知女子大学/高知女子大学大学院教授、特別相談員 川村 美笑子
栄養素に関する知識や氾濫する情報だけを頼りに、食事は偏りがちでもサプリメントや栄養ドリンクを摂っているから大丈夫という人も増えている。「食事は誰でも毎日当たり前にしているため、『正しくできている』『見直す必要なんかない』と勘違いしている人が多いのも事実」である。しかし、ヒトは生命の営みと健康の維持・増進のために適切な食物を欠くことができないし、その食べ方も重要である。医師、料理家で文化人でもあったフランスのブリア・サバランの言葉に
「国民の盛衰は、その食べ方の如何による」「教養ある人にして始めて食べ方を知る」とある(19世紀)。
生活リズムの乱れが何故悪い?
動物の生理機能には種々のリズムが認められるが、このリズムを生み出す機構の一つに生物時計(体内時計)がある。生物時計からの時刻情報により発生する周期性のある現象(生体リズム)のうち、周期がほぼ24時間に近い時、このリズムを概日(がいじつ)リズムという。生活リズムが乱れるということは、この概日リズム周期が24時間から外れてくることで、専門的にはこの現象を内的脱同調という。こうなると睡眠期に現れていたリズムが覚醒期にも現れたりして、生体機能の時間的秩序が乱れてくる。またこの時、不眠や昼間の眠気、作業能率の低下など精神的・身体的不調が生ずることがある。
生物時計によって、ある生理機能が最大の能力を発揮する時刻は決まっている。人など昼行性動物では、体温や心臓循環器機能は昼に上昇し、夜に低下する。高体温時に作業能力が増加するので、昼間の身体活動に都合がよい。逆に、夜の作業は能率が悪く、激しい運動は身体により多くの負担をかける。消化・吸収機能にも昼に高く夜に低いリズムがある。内分泌系・免疫系には特に顕著な24時間リズムが認められ、生殖活動や生体防御の最適化を図っている。摂食と生体リズムに関しては、唾液や胃液の分泌リズムには食事の時間帯や内容に影響を受けない内因性のものも含まれる。食事に対する胃腸ホルモンやインスリン分泌などにも24時間リズムがある。毎日同じ時刻に食事を摂るとインスリンの分泌はよくなる。24時間連続して経腸栄養を受けているヒトでは、体温や血中コルチゾールの24時間リズムが消失している。
心と栄養は関係ない?
現代日本はストレスの大きな社会であり、その反映として3万人以上の方が自殺で命を失い、自殺を試みる人を含めると27万人から30万人とも言われている。心の問題あるいはストレスに対して食事や食習慣の癒しの効果が重要と考えられている。孤食による食生活によってストレスが増大したり、ストレスによって摂食障害が起こることが知られている。さらに、食や栄養によるストレス解消の例としては、適切な食により生活リズムや心の安らぎが得られることから、子どもの精神発達や人格形成に栄養は非常に重要とされる。外国では脳機能や心に作用する食品としてブレインフードという新しい概念も生まれている。
現在、国内外でカナダ機能性医療センターを中心に、注意欠陥多動性障害(ADHD)と脳機能を中心とした栄養素の役割に関する研究が行われている。ADHDの子どもたちはそうでないグループに比べて、脳への血流低下や栄養不足、神経伝達物質、小腸微絨毛の透過性、腸内細菌叢に違いがあることがわかってきている。
脳への栄養物質の取り組みは血液脳関門(BBB)を通じて行われる。BBBの特殊機能によって脳機能は正常に保たれているが、この関門が損傷されれば脳に不変の環境を作り出すことは困難になり、その機能の低下につながる。生体が異常な状況(ストレス、アシドーシス等)に陥った場合、BBBの機能が変化し、通常では通過しない食物成分が脳内に輸送され、脳機能(食欲、睡眠、注意力、記憶、学習、情緒、パーフォーマンス、感受性など)に影響を及ぼしていると推定される事例も知られてきている。筆者らは食環境因子(必須微量栄養素:ビタミン、ミネラル)が、BBBの完成した脳においても、特に体内で合成されない微量成分の変動(欠乏・過剰)が、BBBの透過性や神経伝達物質の変動を介して脳機能にまで影響を与えることを、実験小動物を用いて世界で初めて明らかにしてきている。
空腹を満たすだけで何故悪い?
食事は人が生きていくために欠かせないことですが、ただ空腹を満たすだけのものではない。人間の一生(ライフステージ)には、さまざまな段階(胎児期、新生児期、乳児期、幼児期、学童期、思春期、青年期、成人期、高齢期、妊娠、授乳期)があるが、各期はそれぞれ独立したものではなくライフステージの一つの過程であり、次の期の前段階である。しかし、各期にはそれぞれ生理的に大きな違いがあり、栄養的にもそれぞれ異なった対応や配慮が必要である。年齢だけでなく、その時の体調によって、必要な食事は違ってくる。遺伝的要因があっても食生活要因が陵駕するという研究も出されてきている。数年前、県内で開催された「赤ちゃん会」で、子供が肥満にならないようにと、人口甘味料をお湯にとかして飲ましていたお母さんのことを忘れられない。子供は発育段階にあるということをしっかり認識しておれば、大人も子供も内容、量ともに同じ食事がふさわしいとは思えなくなるはずである。ハムを食べたからといって、身体の中をハムのままで動くことはなく、どの程度消化されるのか、吸収されるのか、栄養的価値があるかは、その人の栄養状態によってもかわってくるの
である。食物成分と人体の成分を水を除いて比較すると、前者では糖質が最も多い(13.6%)が、後者ではたんぱく質・脂質が多く(18%、17%)、次いでミネラル(4.5%)、糖質が最も低い(0.5%)ことからも、食物は必ず消化、すなわち分解されて、体内で再構築されることがよく分かる。
また、私たちを取り巻く生活環境の多様化に伴い、労作、スポーツ、精神活動、ストレス時、その他の特殊環境(高温、低音、低圧、高圧、無重力)での生活や労働条件下にあるヒトは、ライフステージとは別に、栄養的にもそれぞれの独特の環境における対応や配慮が考えられなければならない。運動が日常的に行われるようになってきているが、スポーツドリンクの過剰摂取でビタミンB1欠乏も確認されている。脱水で医師から水分補給にスポーツドリンクを薦められ、多飲の末、体調不良で救急外来にかつぎこまれてみれば高血糖が判明し一命を取り止めた例もある。
消化管を健康に保つには?
人はなぜ経口的に食物を摂らなければならないのか。小腸粘膜の構造と機能に食物摂取がいかなる栄養生理学的意義をもっているのか、また食物が腸と経るということが代謝にどのような影響をもつのか。すなわち、血液の中に栄養成分を直に取ればいいというものではなく、消化管を使うこと、消化管に物理的刺激があり、消化された栄養素が小腸粘膜を通過することで、生体そのものの健康が保持される。筆者らのこの研究はアメリカの宇宙食の考え方にも採用された。小腸を経ない、あるいは小腸をほとんど使用しないで栄養を摂取する方法(静脈栄養や鼻腔チューブ栄養等)では、小腸粘膜の形態や機能に異常が起きることも分かった。今日、臨床・介護の場において、経口的に栄養を摂取することの大切さが説かれだしたのは、このような理由にもよる。
急増している生活習慣病には、特定の原因がなくてリスクファクター(危険因子)が存在し、しかも因子が多様で個々に違う。また、長年かかって発症するために移行期があり、逆にいうと予防するのに十分な時間がある。現在の健康状態・栄養状態をよりよくしていくことが目的になる。そのためには現在の状態をきっちり把握しないといけないので、健康・栄養・生活情報のアセスメントが必要になる。
「ただ栄養成分を取ればいいというものではありません。五感を活用し、よくかんで味わいながら、消化器を使うことで生体そのものを元気にすることが必要なのです。脳の発育や機能にも大きく関係していますし、そのためにも朝食から決まった時間に食べるという生活リズムで体を整え、いろいろ食品を食べることが基本。まずは情報の受け取り方を見直し、行動を変えていくことが第一歩です。」自分の将来の健康な姿をイメージしながら、毎日の食事を考えことが重要です。「食事は、色どりを考えるだけでもぐんとバランスが良くなります。毎日のことですから、改善していくには根気が必要。今の食生活を少しよくしてみようという気持ちで始めてください。」
「白、黒、赤、黄、緑」の五色、どんな食品が浮かびますか?