タバコとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)
「こうちさんぽメールマガジン」2008.5月号より
産業医学担当相談員 坪崎 英治
前号ではタバコの害毒性として
1.肺癌をはじめとするあらゆる癌の発病率を高める有害性
2.ニコチンの血管毒としての心筋梗塞の発病率を高める有害性を述べました。
今回は、現在最も注目され、かつ重要視されているCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気を解説したいと思います。何故かといいますと、高齢化社会となった日本ではこの病気の患者数がどんどん増えており、40歳以上の人々では全平均8.6%ですが、これが60歳代では12.5%、70歳以上では19.6%にも上っています。このように高齢者の多い日本は、国際比較でもイタリアに次いで二番目に多発している国なのです。この病気は有病期間が長くて、医療費を多額に要することも注目されています。そしてCOPD発病の最大の原因が過度の喫煙にあるのです。
COPDとは、慢性息切れを主症状とした肺の閉塞性換気障害を示す病気です。従来慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫と言われていたものもこれに含まれるようになりました。慢性の咳や喀痰、階段を上るような労作時での呼吸困難があって、さらに長期の喫煙歴があればまずこの病気と考えてよいでしょう。喫煙により肺組織は傷害され、肺内の弾性線維が破壊され、小さかった肺胞の袋は互いに癒合拡大します。正常時には径0.5mm程度の目の細かいスポンジのような肺胞の構造に破壊が進行すると、終いには径5~6mmの目の粗い、乾燥へちまのようなスカスカした構造になってしまいます。こうなると肺本来の役割である換気の仕事は極端に低下して、日常生活でも酸素ボンベを咥えないと歩けなくなり、肺炎等の致命的な病気へ急速に進んでしまいます。
この病気の回復のためには、まず断固とした禁煙の実行とスパイロメトリーによる肺機能検査による早期発見が重要です。また肺のCT検査も、他疾患との鑑別診断や早期の肺気腫病変の検出に非常に有力な手段です。健診を受ける時には必ず肺機能検査をうけましょう。
さて禁煙の方法にはいりますが、これはなかなか難しいところもあります。ある西洋の有名な哲学者の言葉に「世の中で禁煙ほど易しい決心は無い、なにしろ自分はこれまでの人生で60回以上試みたのだから」と逆説的に云って、自分を揶揄しています。
私の場合にも、50歳のときに禁煙に成功するまでには数回の中途挫折歴があります。しかしいまではこれも必要な、ちょうど丁度走り幅跳びの前の助走のようなものと認識しています。誰しもいきなりジャンプするのは難しいものです。ちょうど50歳を迎える前年の大晦日の夜,私の長年の友人で大学も同級生である男が突然入院したとの連絡が入りました。とるものもとりあえず病室に駆けつけますと意識はありましたが,脳梗塞で半身不随の彼がいました。50歳というとお互い男の盛りのような年齢で,結構不摂生にみちた生活をしておりましただけに、私の受けた衝撃の深さはいかほど大きなものかをいまでもありありと思い出すほどです。そして天啓のごとく彼の回復を祈ってなにか物絶ちをしようと決心し、禁煙を選びました。お酒は仕事の付き合いから止めるのは難しい点もあったせいもあります。幸い彼は僅かな後遺症を残して回復しましたが、私のほうはその後度重なる挫折しそうな危機を迎える度に、この時の情景や気持ちを心のなかで再現して思い出し、お前はなんで禁煙を決心したんだったかなと自分に問いかけるようにして頑張っています。このように禁煙には大きな動機
付けというかモチベーションがあると良く、その点では彼に感謝しております。
現在では禁煙支援外来を設けている医療機関も増えており、ニコチンパッチの処方をうけ離断時の禁断症状の緩和がより容易になりました。気持がぐらついた時のサポートも受けられ,より成功率も上がっているようです。いまだに喫煙を続けている皆様がおられるようなら是非この際に禁煙を決心してください。決心は持続が成功するまで何回も何回も繰り返してやって下さい。その後の人生が楽になり、10年長生きすることは請合えます。