調査研究結果

医療施設の衛生管理について~

2007年1月

高知大学医学部・社会医学演習1グループ
阿部菜海 飯尾浩之 榎本有紀子 金蓮姫
坂原大亮 寺岡和香 保利直助

はじめに

医療福祉施設には、産業保健の観点から、化学的、生物学的、物理的などの危険有害要因があることが指摘されている。1)しかし、従業員の健康を守るための衛生管理活動は、他業種に比べてその実態が知られていない。労働安全衛生法では、従業員の健康を守るため、産業医や衛生管理者の選任、衛生委員会の開催などの衛生管理体制や、健康診断をはじめとする健康管理や作業管理・作業環境管理などの活動が定められている。2)そこで、これらの管理体制や衛生管理活動の現状について調査し、患者などの健康をあずかる医療施設で、従業員の健康を守る制度が期待通り機能しているかを考察したいと考えた。

また、産業医活動については、高知産業保健推進センターが2005年度に実施した産業医活動調査3)の集計用データについて、医療福祉施設分を別個に集計し、その特徴について検討した。その結果は別にまとめた4)が、結果の一部を本報告の考察に用いた。

本調査にあたっては、高知産業保健推進センターから産業保健に関する資料の提供、調査項目の設定、結果の考察を共同で行うなどの協力を得た。

対象と方法

調査対象は、高知市内及び周辺の病院で、衛生管理者または衛生管理等の担当者に対するインタビュー方式で行った。調査項目は、労働安全衛生法の規定の実施の有無などを中心に選び、担当者が考えている医療機関の衛生管理の特徴や課題について把握することを目標とした。(質問項目は巻末資料に示した)

調査した医療施設は13であるが、このうち2病院は、衛生管理が取り組まれているモデル的病院として、調査項目選定のための予備調査を兼ねて訪問した。調査項目を設定後、ランダムに電話で調査協力を依頼し、28施設のうち11ヵ所(39.3%)の協力が得られた。調査は2006年10月から12月にかけて行った。

なお、集計・考察にあたっては、従業員数によって50-99人、100-299人、300人以上の3群に分けたが、上述のモデル的病院がいずれも300人以上でバイアスがかかっているので、従業員数別の考察は省いた。

結果

衛生管理体制

衛生管理体制については、産業医、衛生管理者及び衛生委員会について質問した。

労働安全衛生法では、従業員50人以上の事業場は産業医、衛生管理者を選任し、衛生委員会を設置することが義務づけられている。産業医には医師免許のほかに、認定産業医の資格が必要である。産業医は常勤職員でなくても、嘱託産業医を選任することができる。(常勤職員の場合を専属産業医とした) 衛生管理者になるには衛生管理者免許試験に合格する必要があるが、医師及び保健師は試験が免除されている。なお、従業員201人以上では、従業員数によって2-6人の選任が必要であり、1,001人以上ではそのうちの一人は専任(衛生管理者のみの職務を行う)とすることが定められている。衛生委員会は、従業員の健康障害防止の基本対策等を調査・審議するもので、月1回以上の開催が定められている。委員の構成については、半数は労働者が推薦する者とすること、産業医、衛生管理者は構成員となることとされている。

産業医及び衛生管理者の選任状況(表1)

表1 産業医・衛生管理者の選任状況
従業員数(人) 50-99 100-299 300-
回答病院数 3 7 3
産業医 選任あり 3 6 3
選任なし 0 1 0
衛生
管理者
選任あり 3 5 3
選任なし 0 2 0

産業医は、100-299人の1病院を除いて選任していた。選任していない病院でも選任する必要があることは認識していた。また、すべて病院内の医師の兼任であった(専属産業医)が、300人未満の2群では、理事長1、院長2、副院長2と、管理職が兼務しているものが半数を占めた。

衛生管理者については、100-299人の2病院以外は必要な数の衛生管理者を選任していた。衛生管理者を兼務している職種は、医師、保健師・看護婦、検査技師などの医療技術者、事務職員と多様であったが、300人未満の2群では医療技術者が多かった。また、3病院で院長が兼務していた。また、1病院で専任の衛生管理者が選任されていた。

衛生委員会の設置及び活動状況(表2)

表2 衛生委員会の設置・開催状況
従業員数(人) 50-99 100-299 300-
回答病院数 3 7 3
設置 あり 3 4 3
なし 0 3 0
開催 月1回以上 2 4 2

衛生委員会は、300人未満の3病院が未設置であったが、これらの病院も設置が必要であることは認識していた。委員会の構成員は、医師、看護師、検査技師、放射線技師など、医療技術職種の代表者が多かったが、委員の半数が労働者からの推薦ということはとくに意識されていないと思われる場合が多かった。なお、2病院は産業医が委員になっておらず、構成員の要件を満たしていなかった。

委員会の開催については、設置されている10病院のうち8病院で「月一回以上」開催されており、「年2回」、「今年はこれまで3回」がそれぞれ1ヵ所ずつあった。

委員会の議題については、表3のような内容があげられた。選択肢による質問でなかったため病院間で回答に差が生じた可能性があるが、共通して多かったのは、「医療事故対策」、「健康診断」、「感染症対策」、「地震対策」であった。調査票作成時に想定していた「(安全)衛生計画」や「職場巡視の結果報告」は少なく、最近話題となっている「メンタルヘルス」、「長労働時間」に関するものもあげられなかった。

表3 衛生委員会の議題(( )は病院数)
医療事故対策(6) 健康診断(5) 感染症対策(5)
災害対策(4) 院内のイベント(2) 新入者衛生管理教育(1)
年間の活動目標・計画(1) 職場巡視結果(1) 整理・整頓・清潔(1)
安全保守点検(1) 廃棄物処理(1) 公務災害・休業者状況(1)
休業・残業等勤務状況(1) 労働条件(1) イベントでの食品取扱い(1)

なお、関係が深い組織として感染症対策委員会について、設置の有無と衛生委員会との関係を質問した。感染症対策委員会は、すべての病院で設置されており、衛生委員会の構成員とほぼ同じメンバーでという病院が4ヵ所あった。これらでは、同時に開催されている場合が多かった。

衛生管理活動

衛生管理活動の概要を把握するため、職場巡視、安全衛生教育、健康診断などを質問項目に選んだ。

職場巡視は、産業医は「少なくとも毎月1回」、衛生管理者は「少なくとも毎週1回」行うことが定められており、巡視の頻度とチェック内容について質問した。安全衛生教育は、雇い入れ時・作業内容変更時の教育や有害業務などに従事する者への教育が義務づけられている。今回は、雇い入れ時と有害業務(電離放射線取扱い作業など)及び感染症に関する教育について質問した。健康診断は、一般健康診断と有害業務従事者に対する特殊健康診断に大別される。今回は、一般健康診断のうちの定期健康診断と深夜業従事者への特定健康診断、および特殊健康診断として放射線取扱い作業者に対する健康診断の実施、健康診断実施後の事後措置などについて質問した。

職場巡視(表4)

産業医、衛生管理者のいずれかを問わず職場の定期巡視が週1回以上実施されている病院は6ヵ所であった。このうち50-99人の2病院は、「毎日」であった。なお「実施なし」には、「2週間に1回」と「年2回」が含まれている。

表4  職場巡視の実施状況(チェック内容は、週1回以上の実施がないものも含む)
従業員数(人) 50-99 100-
299
300-
回答病院数 3 7 3
実施
(週1回以上)
あり 2 1 3
なし 1 6 0
チェック内容 整理・整頓(4S) 1 3
安全面 1 1 3
健康障害防止面 1 3

巡視時のチェック内容については、表4の3つに大別して質問した。300人以上ではいずれもチェックされていたが、300人未満では具体的な回答が少なかった。また、「4S」、「安全チェック・マニュアル」、「マスク、ガウン、ゴーグルの着用」のチェックなど具体的な内容が示された例もあったが、一方で、「日常的に目が届いている」ということで内容が示されない回答もあった。300人未満の各病院での定期巡視では、チェック項目や問題がある場合の取り扱いルールなどが定められている例は少ないと思われた。

なお、「定期巡視によって対応を必要とした事例」を質問項目に入れていたが、十分な把握ができなかった。

安全衛生教育(表5)

表5 安全衛生教育の実施状況
従業員数(人) 50-99 100-
299
300-
回答病院数 3 7 3
安全衛生教育 あり 3 7 3
なし 0 0 0
種 類 雇い入れ時 3 7 3
有害業務 2 0 3
感染症 3 7 3

「雇い入れ時」の教育と感染症対策に関する教育は、すべての病院で行われており、「雇い入れ時」の教育は、新職員へのオリエンテーションの中で行われているものが多かった。

有害業務に対する特別教育は300人未満では少なかったが、放射線従事者など、専門職の集まりである各セクションでの実施が前提となっているとの印象をもった。

感染症対策については、「感染症対策委員会が実施している」という回答が多かったが、方法としては「マニュアルを読んでもらう」というものもあった。

健康診断

1.定期健康診断および特定業務従事者の健康診断

定期健康診断(年1回)は、すべての病院で行われていた。また、特定業務従事者(深夜業や放射線暴露作業が含まれる)に対する年2回の健康診断も、すべての病院で実施されていた。

定期健康診断は、2病院で年2回実施されており、「技術職は2回、事務職は1回」という回答もあった。

2.特殊健康診断

特殊健康診断の対象となる有害業務については、すべての病院が放射線作業をあげ、1病院が滅菌作業をあげた。その従事者に対しては、ほとんどの病院でフィルムバッジなどによる被曝測定と健康診断が行われていたが、不明確な回答が2病院であった。

滅菌作業等における化学物質等については、調査項目の不備もあって十分な状況を把握できなかった。

3.健康診断実施後の措置(表6)

「本人への結果通知」は、50-99人の1病院で「問題がある者のみ」の回答があったが、そのほかは全員に対して行われていた。

表6 健康診断の事後措置
従業員数(人) 50-99 100-299 300-
回答病院数 3 7 3
本人への結果通知 2 7 3
再検査 2 5 3
保健指導 2 4 2
就業上の措置 2 3 2

「再検査」は、病院としては実施していないものが50-99人で1病院、100-299人で2病院にみられた。これらでは「病院の紹介」、また、「医療従事者であることから、指導するが実施は本人まかせ」などの回答があった。

「保健指導」は、50-99人の1病院、100-299人の3病院が実施していなかった。また、実施している病院のなかで「医師は除外」が2病院からあった。なお、保健指導の担当は産業医ではない場合が多く、300人以上の2病院以外では産業医の関与が明確でなかった。

交代制勤務の変更などの「就業上の措置」は、7病院が「あり」と回答した。過去の対応例が示された例もあったが、具体例は50-99人の病院で多かった。

また、健康診断の結果からの「作業管理や作業環境管理の見直し」を調査項目としていたが、必要とする具体的な事例を経験していないため「なし」とする回答もあり、結果の集約から省いた。

「就業上の措置」や「作業環境・作業管理の見直し」については、「健康診断実施後の措置」として意識されていない病院もあり、「就業上の措置」では看護師長の権限のなかで個別に対応されているという印象をもつ例もあった。

衛生管理に関連する問題が起きた場合の対処

衛生管理に関連する問題が起きた場合の対処について、300人未満の2群では、「看護師長、事務長などを経て院長にあがる」といった回答が多かった。衛生管理体制との関係を、衛生管理者、産業医、衛生委員会の役割からみると、そのいずれかあるいは複数のシステムがあげられたものは、300人未満の6病院(院長が産業医の例を含む)と300人以上の2病院であった。

また、具体的な課題に対する体制の例として質問した「メンタルヘルスを含む従業員の相談体制があるか」には、300人以上の3病院が「あり」と回答した。そのうち1病院は、病院外での受診システムを持っていた。システムとしてでなく、看護師長、事務長などへの個人的な相談が行われているという回答もあった。

考察

衛生管理体制について

調査項目として選んだ産業医、衛生管理者及び衛生委員会については、それぞれ13病院中12(92.3%)、11(84.6%)、10ヵ所(76.9%)が選任あるいは設置していた。今回の調査対象は、予備調査を兼ねた2病院以外では、28病院のうち了承を得た11ヵ所(39.3%)であった。調査依頼に対して“衛生管理を行っていないので断りたい”と回答があった例もあり、実際の選任・設置率はこれらより低いかもしれない。

衛生委員会は、8病院(61.5%)が月1回開催していた。議題としては、「医療事故対策」「健康診断」「感染症対策」「地震対策」が共通して多く取り上げられていたが、「健康診断」以外は、患者の安全と共通するものが多い。医療機関の特徴と考えられるが、それだけに従業員の安全・健康を考える場として、衛生委員会の役割は重要と思われる。一方で、衛生委員会の審議事項としてよく例示される「安全衛生計画」「職場巡視結果」などが少なかった。衛生管理活動そのものの取り組みが不十分であることを反映していると考えた。

産業医の活動について

産業医については、選任しているすべてが専属であった。産業医活動調査の医療・福祉業(46施設)に関する集計結果4)でも、産業医を選任している42事業場のうち、専属産業医が26施設(61.9%)と全業種の19.4%に比べて高率であった。残りの嘱託産業医(16施設)は、多くが福祉施設からと思われる。

産業医の活動については、インタビュー調査では健康診断実施後の措置や問題があった場合の対処のなかでの関与を二次的な質問項目とした。その結果は、産業医の位置づけが明確でない場合が多かった。

産業医活動調査における活動頻度をみると、月1回以上産業医の職務についている産業医が、嘱託では50%に対して、専属産業医では3施設(11.5%)と少なく、年2回という回答がほとんどであった。随時衛生管理者の相談に応じるなどの活動も考えられるが、産業医として職務を行う時間が少ないのは、課題の一つと思われる。

また、衛生管理者が産業医の関与を期待する活動内容については、医療・福祉業でも健康管理に関する活動を中心に全業種とほぼ同様の結果であったが、「健康相談」や「健康教育」が低いという特徴を認めた。その他の特徴としては、医療福祉業の従業員数が100人以上や産業医が月1回以上活動している職場では、「衛生委員会への助言」や「職場巡視」への期待が全業種より高いことがあげられる。一方で、専属産業医と嘱託産業医については、項目によって差はあるものの衛生管理者の期待に大きな差がみられなかった。全業種に比べて医療福祉業では嘱託産業医に対する期待が高かったためでもあるが、常勤医師の兼務という専属産業医のメリットが活かされていない可能性もある。

衛生管理活動

職場の定期巡視については、週1回以上の実施が6病院(46.2%)、頻度が少ないが実施しているものを含めると9病院(69.2%)が実施していた。ただし、300人未満の病院ではチェック項目が明確でない場合も多く、問題があった場合の対応に関するルールが明確でない場合が多かった。セクションごとの点検や病室管理など、別のシステムによって行われていることも考えられるが、病院全体としての点検計画や点検結果を活かすシステムが期待される。

安全衛生教育は、「雇い入れ時」と「感染症」はついては全病院が実施していた。しかし、「有害業務従事者への教育訓練」はすべての病院が放射線業務をあげたにもかかわらず、実施は5病院であった。有害業務については、放射線部など当該のセクションに任しているという回答もあった。調査内容として「雇い入れ時」のオリエンテーションでの衛生管理に関する内容や、「有害業務」に関する教育の衛生委員会での取扱いなど、病院の衛生管理活動としての状況を確認すべきであった。

定期及び特定健康診断は、すべての病院で実施されていた。また、放射線業務従事者への特殊健康診断も不明確な2病院を除いて実施されていた。定期健康診断を年2回実施している病院もあったが、特定業務に該当する従事者が多いため、特定業務従事者に限らずに技術職あるいは職員全体へと対象を拡大していることも考えられる。一方で、実施後の措置については、医療技術職が多いため「再検査」は本人に任せるという回答もあった。医療施設の特徴といえるが、健康管理をどこまでするかという問題があるのかもしれない。

まとめ

医療施設の衛生管理者、衛生管理担当者に対して、労働安全衛生法の規定などに基づく項目について、インタビュー調査を行った。その結果、産業保健スタッフ、衛生委員会や健康診断など、基本的な事項について一定の整備が見られたが、明確な目標のもとでの計画的な活動や、問題に対処するためのシステムづくりという点では、不十分と思われる場合もあった。問題がないためという回答もあった。しかし、医療施設には産業保健上の危険有害因子(ハザード)があり、決して安全とはいえないにもかかわらず、その対応は全般的に十分でなく、その背景に患者の治療や安全が優先され、医療従事者の安全と健康を守る対策に十分に目が向かない事情がある、と指摘されている。1)

今回の調査では、法の規定による調査項目を入り口にして、医療施設における衛生管理の特徴や課題を知りたいと考えたが、調査者の知識や経験の不足もあって十分な情報収集と考察ができなかった。今後、さらに実態把握や対応のための検討がすすむことが望ましい。将来医師として、自分の問題として関心をもって衛生活動に参加していきたい。

ご協力いただいた医療施設、関係者の皆様に心からお礼を申し上げます。

文献・資料
  1. 相澤好治:医療従事者を取り巻く現状.相澤好治監修、和田耕治編:医療機関での産業保健の手引き.pp.10-16.篠原出版新社、2006
  2. 高知産業保健推進センター(労働基準調査会製作):産業保健ハンドブック.2006
  3. 高知産業保健推進センター:産業医活動に関する調査報告.2006.6
  4. 高知産業保健推進センター:医療福祉施設における産業医活動.2007.1
資料 インタビューにおける質問項目
  1. 病床数・従業員数
  2. 衛生管理体制
    1. 産業医(人数、専属・嘱託、兼務の場合の職種・職名)
    2. 衛生管理者(人数、兼務の場合の職種・職名)
    3. 衛生委員会(設置の有無、開催頻度、構成員、検討事項)*感染症対策委員会(衛生委員会との関係)
    4. 安全衛生面での問題が生じた場合の対応体制
  3. 衛生管理活動
    1. 定期巡視(実施の有無、頻度、チェック内容、問題になった事項とその対処)
    2. 環境測定(実施の有無)
    3. 安全衛生教育(雇い入れ時、感染症、有害業務従事者の教育訓練)
    4. 健康診断(定期健診、有害業務従事者への特殊健診の実施の有無)
    5. 実施後の措置(本人への結果通知、再検査、保健指導、就業上の措置、作業管理・作業環境管理の見直し)
    6. メンタルヘルスを含む健康相談システム

以上

ご相談・ご要望を受け付けています。

ご利用時間:午前8時30分~午後5時15分(土・日曜日・祝祭日、年末年始除く)

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